オナ禁は現代の「免罪符」であり水戸黄門の印籠である理由。ナンパができるのもオナ禁をしているからこそ

今回は実名でオナ禁情報やナンパ記事を書きまくっているぼくが、どうしてこんな一見恥ずかしくてとてもネット上に実名で投稿するのもはばかられるようなことを発信していられるのか?ということを書いていきたいと思います。

スポンサーリンク
レクタングル(大)広告

オナ禁とは現代の「免罪符」である

そう、オナ禁という行為はよくよく考えてみると、ず〜っと昔から、人間の文化の中に溶け込んでいるんですよ。

世界中のほとんどの宗教が禁欲、つまるところ「オナ禁」を推奨していることからもわかるように、「オナ禁」って本質的に崇高な意味合いがあるんですよね。

たとえそれが「モテるため」であってもオナ禁のすごいところは、なぜかものすごく硬派な印象を与えられるんですよね、不思議と。

考えてみると、男にとって、おそらくもっともみられたくない行為が「自分で欲求を解消」している最中の姿だと思います。

まぁこれは女性も同じでしょうがw

つまり、「オナ禁」をしているだけで、もっとも弱い自分、恥ずかしい自分を自意識から完全に消せるんですよね。

だから得体の知れない自信も湧いてくるし、「オナ禁」を行なっているというだけで、その他大勢のオナ猿とは違うという「免罪符」を手にしたも同然なんです。

免罪符とは、中世ヨーロッパで、犯した罪を償うために教会から発行してもらう証明書のこと。罪が証明書を購入することで許されてしまうなど、宗教の堕落に繋がったという歴史も含んでいる。

現代の日本では意味が転じて、「罪が許される行為、ものごと」などの意味に使われる。

歴史に裏打ちされた行為

そんな「オナ禁免罪符」を手にしているからこそ、果敢にナンパやモテに対する考察も発信していけるのです。

これがもしオナ禁をしていないただのオナ猿がいくらモテやナンパのことを書いていても、なんだかひどく説得力に欠けると思いませんか?

ともすれば「キモい」の一言で片付けられておしまいです。

でも、ぼくらオナ禁実践者というのは、世界中の宗教の歴史に裏打ちされた「アンタッチャブル感」を備えているのである種の求道者であるわけです。

オナ禁者だけが持てる〇〇とは?

ナンパや出会い、モテといったジャンルにたとえ批判を受けようとも、ぼくらオナ禁者には最後の切り札、マジックワードが存在します。

それは、、

「毎日スマホやパソコンで夜な夜な自分で処理してしまう野郎と、たとえ遊んでても、そういった行為は一切しないオナ禁野郎、果たしてどっちがキモいですか?」

もう答えは出ていますね、これこそがまさにオナ禁者だけが持つことが許される免罪符、水戸黄門の印籠なのです。

だから現にそれをわかっている顔出しのオナ禁系ユーチューバーさんたちもたくさんいらっしゃいますし、皆本当に生き生きして自己発信されている。

本当にみなさん、筋の通った信念を感じさせられる方々ばかりなんです。

時たま、あまりにも真面目にカメラ目線で平然とオナ禁効果などについて語るので、思わず笑ってしまうほどですw

もちろんバカにするとかではなくて、いい意味で面白いんですよw

近々そんなオナ禁系ユーチューバーをまとめて紹介しようと思っていますので、乞うご期待です。

まとめ

そんなわけで今回はオナ禁が持つ免罪符効果について語ってみました。

少しオナ禁について熱く語りすぎて、攻撃的な内容になってしまいましたが、これはオナ猿だった過去の自分への戒めでもあります。

これを読んで、少しでも自信を持ってオナ禁にチャレンジするかたが増えれば嬉しいです。

もっと世の中にオナ禁という素晴らしい行為が広まることを願っています。

では。

スポンサーリンク
レクタングル(大)広告

フォローしてね!

関連コンテンツ



スポンサーリンク
レクタングル(大)広告