オナ禁91日目。相手に求めるものと自分が与えられるものを一致させる思考

オナ禁91日目のぼくは、とても困っています。

なんだか知らないけど、ものすごくさみしい。

かといって、一人で欲求を解消するわけにもいかず、一人でいてもさみしい、誰かといてもつまんない、、可愛いことだけ話したい、、でもそんな方法はナンパくらいしかなく、、

蒸し暑いのでナンパのモチベーションも上がらず、、

こんな、堂々巡り。

完全に精神的に不安定期に入っています。

この記事を書いているのが金曜の夜というのがまた、自分のそんな寂しさに拍車をかけている気がします。

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夢精してから精エネルギーが暴走!?

今週を振り返ってみると、本当にオナ禁の良くも悪くも「洗礼」を受けたような一週間でした。

85日目に夢精してからというもの、何かが確実におかしい。

自分の中にある精エネルギーが溢れてしまい、コントロールできないでいる感覚。

なんか顔に中学生みたいに「ニキビ」もできてきてるしw

以前は一人で行動することも全然さみしく感じなかったのですが、ただただ、人恋しい。

理性をレベルを超えて、パートナーを欲している感覚。

でも、それと同時に、女性や男性問わず、極端に潔癖になっているというか、ちょっとした言動にもその人のネガティブな姿勢が見えてしまうと、一気に興ざめ、その人自体に関心がなくなってしまいます。

ものすごく人と繋がりたいのに、同時に、ものすごく人を観察してしまう。

それにより、結局孤独でいることが多くなってしまうという構造です。

環境を変えるのか?自分を変えるのか?

本気で環境を変えないと、結局何もかもうまく行かないのかなとも思いますし、まだまだ自分を高めることで、この窮地から脱出できるのかも?とも思います。

単に「モテたい」

なのか、

「理解し合えるパートナーを見つけたい」

なのか。

短期的な承認欲求を満たしたいのか、長期的な承認欲求なのか。

自分が女性に与えられるものはあるのか?と考えると、精神的な繋がりをぼくは日本の女性に与えられるとは思わないので、どうしても見た目のスペックをあげる方向にいくしかないのかな?という考えにも寄ってしまいます。

ナンパで言う所の「自分のスト値を上げる」ということ。

要するに、ぱっと見で女性から「イケメン」と認識されるのか、「フツメン」なのか、「ブサメン」なのか。

ぼく自身も、街ですれ違う女性やカフェで見かける女性をそういう見た目の要素でフィルタリングしているので、自分が他人に求めることをまず自分が与えようという考えは、とても大事な考えなのかな?と思います。

相手に求める前に自分が与えられる存在になる

一旦内面や、オナ禁効果などは端に置いておいて、

「自分が女性に求めるもの=見た目のよさ」ならば、

「見た目のよさ」をまず女性にきちんと与えられる男になる。

これをテーマに生きてみたいと思います。

なんか見た目ばっかりにこだわるのはあまり好きではないのですが、ここまで出会いがなく、さみしい思いを感じ始めると、もうなりフリ構ってられないのかな、、と。

では。